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正義なんて時代によって変わるじゃないか

正義って何なのだろう。

龍馬伝の28話「武市の夢」を見ました。見ているうちに口がカラカラになり、目頭は熱くなり、頭の芯がジーンときたりと大変でした。

わかっちゃいるのですよ。こんなの歴史の後解釈に過ぎないし、龍馬が切腹前の半平太に会えるわけがないし、NHKの演出だなんてこと。

客観的に観ても、武市先生なんて、最近巷で話題持ち切りのサンデル大先生に言わせればただの功利主義者だし、完全に時代を読み間違えた視野狭窄な人です(per.これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学)。
岡田以蔵は大量殺人犯で、自分で考えることを放棄した最近の若者像を映しているかのよう。

頭ではわかっているのですよ。
頭では。

でも、心は彼らに震えるわけです。

なぜか?

それは、彼らが命を賭けているから。
命を賭けて日本を良くしようとし、命を賭けて愛されようとする。

そんなむき出しの命を感じたら、心が動かないわけがない。

音楽が、美術が、スポーツが人の心を動かすのは、そこに魂を感じやすいからです。
人の、動物の根源的な生がそのまま見えるから。

一方、思想というのは、目には見えにくく、分かりにくい。
でも、今自分が生きていられるのは先人の思想の積み重ねの結果なのですよね。

武市半平太は時代によって、正義として祭り上げられ、悪として貶められていきました。
正義なんて、その時々で変わる相対的なものじゃないですか。

絶対的なものとは、人の想い。魂の強さです。
気合入れて生きなければ。

がんばっていきましょー

ではではー

<もっと知りたい方へ>
MAMMA MIA! 世界最高峰のミュージカルから学ぶこと

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