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コンテンツとしての競争にさらされる学校教育

アメリカの学校で授業へのPCの持ち込みを禁止する教授が増えてきているそうです。
まぁ、気持ちは分からんでもないです。

自分が学生だったころを思いだすと、携帯電話があるだけで学級崩壊と言われていましたからね。携帯で何時間も遊び続けるのは難しいのですが、PCだと平気で何時間でも遊べちゃうなぁと。

iPadやネットブックの普及で、将来授業は当たり前のようにPCを使うようになるのだと思います。ニューズウィークの記事では、大学で授業にPCを使っている生徒の方が使っていない生徒より成績が低かったとか。

うむ。こりゃいかん。
特に小中学校で抑えの利かない純粋な生徒が遊び呆けたら大変だ。

対策としての軸は以下の2つかと。
1.授業のコンテンツで負けない
2.作業中心として、PCを使わせない

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①、②授業コンテンツで負けないというのが王道
PCの授業への持ち込みは、学校の授業という退屈なコンテンツに超強力なライバルが出現していることとなります。このコンテンツすらをやっつけられるような授業をしようと先生が奮起してくれれば良いのですけどね。

③作業中心として、PCを使わせない
現実的な路線としては、こちらになるんだろうなぁと思います。PCを使う時間を与えないぐらい連続で作業させる。それでも、参加型の授業が増えてこれはこれで面白そう。

①~③どの場合でも今より授業は良くなるのではないでしょうか。

これは、学校の授業が既得権益になっていたということなんでしょうね。
つまらないコンテンツを提供していても、全く誰も文句を言えない、いわば究極の規制産業だったわけです。

そこに、PCが競争相手として参加してきたわけです。
うん、やっぱり競争はユーザーのためになるなぁ。

思い出してみれば、大学に入学して授業がつまらないと感じてしまうことが多いのは、超競争社会で生き抜いている大学予備校のカリスマ教師のの授業を見てしまった後だからなのでしょう。競争に磨かれた授業で目が肥えてしまうのでしょうね。

PCの授業導入に先生方が奮起して、純粋な小中学生にもっと良いコンテンツを提供してくれることを願ってます!

おっと、④の場合?
くれぐれも、こんな裏ワザでの解消は…w

ではではー

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